星空の動画を観ていたら、何故か涙が出てきました。
ほんとうにどうしてでしょう。
いつもの日常は、目まぐるしくいろんなことが押し寄せてきて、
そしてどこか消えてしまう風のようです。
それはまるで遠い昔、好きだった人のようでもあります。
星空を見るたびに、思うこと、感じることは、
僕達はただ生きているだけで、本当は素晴らしいのではないかということです。
子どもの頃は、どうだったんでしょうか。
いいことをすると褒められたりしたから、
子ども心に、いい子のほうがいいと思っていたでしょうか。
大人になるといろんなことを覚えます。
いろんなことができるようになります。
でも忘れてしまうことも多い気がします。
素敵な人間じゃないと、とか強い人間じゃないととか、
条件が出来てくる。
もちろん素晴らしかったり、美しかったりするほうがいいんですけど、
人間は弱い人もいれば、あまり素敵でない人がいるのも事実です。
究極的には、人間の価値は他の誰にも量れません。
あなたのことを批判する人がいたとしても、
誰もあなたの未来や命の価値を決めることはできません。
いつの間にか、この世界はたくさんのことを忘れてしまったようです。
宇宙から見たらすべて取るに足らない争いに、人生を使ってしまったり、
人のあら捜しばかりしていたり・・・
本当はそんな無駄な時間だと、この世から去る時に気付くはずなのに。
僕は心に息苦しさを感じた時は、いつも星空を眺めます。
少し青く、深い色の星空を見ていると、いつの間にか心がスーッと楽になる感覚がします。
そして、日常で感じている嫌なことやおかしいなと感じていることが、
僕の中で消えてしまいます。
どこか日常とは違う世界に飛ばされた感覚です。
この感覚をよく音楽にしてきました。
僕の音楽の根幹はこの感覚を再現するためにあると言ってもいいです。
命の感覚です。自分の命をしっかりと自分で感じている感じ。
今は、星が出ていないので、星空の動画を見つけて眺めていました。
そうするとパソコンのモニター画面とわかっているのに、
あの星空の感覚がしました。命を感じることができました。
僕はいつも時間のことを感じます。圧倒的な時間の違いを感じると頭がくらくらします。
宇宙と自分の世界の時間の圧倒的な違いです。
僕の心の中にいろんな人達がいます。
今、会える人もいれば、
もう会えない人も僕の心の中にいます。
流星群を待ったあの日は僕の胸の中にあります。
星空を見ていると、みんな生きているだけでありがとうと感じます。
愛させてくれてありがとう。
愛することは自分の人生をとても豊かにしてくれます。
だから、ありがとうって。
今はこの世にいない者たちにもありがとうって。
僕の愛する気持ちは変わりません。
この小さな星の上で、笑ったり泣いたりする時間のすべてが本当は輝くものであります。
でもそれは、とてもささやかなもので、僕達はこのざわついた日常で見失ってしまいやすいものです。
力のあるものとないもの、貧富の差など、たくさん人間の世界はおかしいことが多いと感じます。
世の中に感じるとげのような気持ちを星達は流してくれます。
やさしい気持ちを思い出させてくれる。
僕は街の中にいても、目を閉じれば、この星空を見上げることができます。
今みたいに動画で観たっていい。
満員電車で押しつぶされそうな時にも、僕は広い場所で星を見ていました。
僕は命の感覚がする時、これが本当に幸せだと本能的に感じます。
何かを手に入れて嬉しい、何かを失って悲しい、とはまた別の感じです。
ただ生きていることが、優しくて幸せだという感じですかね。
みんな命はひとつ、失くしたら決して帰ってこないもの。
僕も僕以外の命も温かいこと、それだけですべてが揃っていると感じます
言葉にすると難しいんですけど、ただ自分が生きている中で一番大切な気持ちな気がします。
その時、世界は本当は優しくて美しいものだと感じます。
その時の僕の心の中に愛が溢れているからでしょう。
命って愛なんじゃないかと思います。
だからどの人にも命があるから、愛がある。
元気がない時に誰かの笑顔で元気になったりするのも、命の力が伝わっているからだと思います。
星空を見上げていると心が素直になり、子どものような心になるのかな。
ありがとう、遠く近い場所から愛の波紋を贈ります。